お皿洗い

田舎の町でエンジニア。趣味のお話をふわっと書きます。

18ヵ月

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お仕事の話。

 

僕の仕事は、いくつものシステムの集合体によって形成されるとある機械を作ること。各システムはそれぞれ専門のエンジニアが担当しており、このエンジニアらのチームによって開発を推進する。僕もそのエンジニアの1人。

システムは、基本的に何かしらの形で他のシステムと連携・結合されている。メカニカルな関係だったり、制御演算での関係だったり、意匠としての関係だったりとその形態は様々。なので、基本的に開発現場にはチームワークが求められる。自分の担当範囲を不備なく作るのは当然として、他システムへの配慮やサポート、場合によっては開発代行をするぐらいの協力体制を築かなければならない。なぜなら、僕の勤める会社はとても規模の小さいところだから。

システムの数に対しアサインできる人員が少なすぎるのだ。1システム/1人 どころか、5システム/1人ぐらいの比率になってしまう。

ちなみに、僕が前働いていた同業の職場では、1システム/2~3人 でやっていた。まぁ、その分求められる開発スピードは早く、フットワークは重かったので、必ずしも人員が多ければ多いほど良いという訳でもない。

ちなみに、何かの雑誌で書いてあったことだけど、フェラーリ458の開発体制は全体で20~30人だったらしい。惚れ惚れするほどに少数精鋭至上主義。ところでプリウスには一体何千人が動員されたのだろうか…。

 

有事が起きたのは数日前。

開発中の個体がテストにて"超"想定外の挙動を示した。もうびっくりするぐらいに想定外。原因は不明。開発のタイムリミットは間近、対応方針未定…まぁ、通常通りの「非常事態」に陥った。

とは言え、期待していた結果は明確に描けているのでやるべきことはただ一つ。ひたすらにトラブルシューティングをやるのみである。

そもそも、新しいモノをつくる開発をしているのだからテストで想定外の事が起きるのは当たり前なわけで、というかむしろその為にテストをしているのだから、テストでイレギュラーを引き当てるのはめちゃくちゃ健全で正しい姿だと思う。

全世界のDJ達の父と言えるトーマス・エジソンが蓄音機を発明してから150年以上が経った今でも開発の基本はトライ&エラーなのだ。開発行為においてはもちろん組み立てのフェーズも重要だけど、それ以上に検証フェーズが重要であり、それがメインだと常々思う。(少なくとも、僕の仕事においては)

作り出したモノが「問題がない」ということを可能な限り証明し続けるという、ゴールのないマラソンをしているのだ。

 

そして開発トラブルというのは一期一会なもので、経験をしたことがない事象が起きるのがほとんどなんだけど、トラシューの手法というのはある程度ルーチン化されてたりする。FTAで事象から追いかける、FMEAを逆引きして構造から追いかける、ハードウェアの形状やソフトウェアのコードを片っ端から精査していく、有識者に泣きつく…etc。どのフレームワークやアプローチが一番良いか?について議論されがちだけど、もうこれは個人の好みなんだと思っている。好きなように歩んでいけばいい。

 

ただ、どんなスタイルであれルーチン化されたトラシュー手法というのは変な話…というか、歪な取り組み方だとなんとなく肌で感じる。

今まで経験したことない未知のトラブルに対し、今までの経験だけで効果を証明してきた手法で挑むという構図、実はどこにも具体的な勝機が無い。

なので、例えどんなに多くの手法を知っていたとしても、未知との遭遇は不安と恐怖でしかないと思う。ここで強気に出られる人達、一体何を食べればそんなにも強くなれるのですか…?

まぁ、とにかく、月曜日に出会ったトラブルについて、僕らエンジニア達は各自の担当システムの検証を早急にと進めることが優先ミッションとなった。

ただ、ある程度知識と経験を持ち合わせていると見えてくる「アタリ付け」が今回はあった。エンジニア間では「なんとなくあのシステムあたりが怪しい」という感覚は共有出来ていた。その対象となったシステムの担当者はその原因抽出を、他の担当者は自システムの潔白の証明をなんとなく狙って検証を進めることになる。

あとはエンジニア達が各々で検証を進め、結果が揃い次第結果の突き合わせをして、仮説の形成と実物との比較を行い、最終的な結論(=実態の把握)まで到達してめでたしめでたし…という流れになる。チームの中で、自分がやるべきことを着実に遂行するだけ。簡単なことです。怖くない。

 

こうして、エンジニア達がソロでの作業に着手しようとしていた翌日。

プロジェクトの企画屋が僕らに召集をかけた。

召集の連絡が来た時点で嫌な予感がしたので拒否しようと試みたが「緊急事態だろう。皆で協力しないでどうする?」的なお言葉を頂戴してしまった。同時に、予感が確信に変わった。

 

会議には、

・僕(皿)

シルベスター・スタローン似のエンジニア(以下、ランボー

・テストのオペレーター(以下、オペ子)

・企画屋(企画屋)

の、全4人が出席。場所はランボーの部署の会議室。

前日時点で既に企画屋以外、いわゆる”現場サイド”の僕、ランボー、オペ子3人では情報や方針の共有は済ませていたので、僕らはこの打ち合わせで何かを得られるとは思っていなかった。(もちろん、企画屋含めての情報発信も月曜時点で行っていた)

案の定、実際に会議が始ってみると予想通り企画屋が「何が起きている?」「原因はいつわかる?」「もっと早く進めろ」「なんでこうなった?」といった、一方的な我儘だけが繰り出され続ける流れに。

まぁ、これ、企画屋の圧をかけてくるのも仕方がないことなのはわかる。彼もこの事態を上層に報告しなくてはならないという立場にあり、そこでは、いかに躓くことなくスムーズに開発が進捗しているか?を問われているので。 

開発中に出たエラーの数について、「数が少ないほど順調な開発」と捉える層と、「数が多いほど潰し込みが出来ている」と捉える層に分かれる。おそらく深層心理で自分にとって都合の良い解釈をするのだろう。高い視点でのマネージメントをする人ほど前者に寄っていくような気もする…。すいません。偏見です。

 

結局はこの会議、発信された速報を聞いて興奮して焦ってしまった企画屋(マネージャー)が、事態を冷静に飲み込む為にわざわざ人を集めて既知の情報を直接口頭で説明してもらいたい、という空虚な個人的欲求を満たす為のものでしかないのだ。問題の解決に向けて具体的に手を動かそうとしている人らを束縛して。

最近の子供ですらスマホなりゲーム機なりを与えれば一人で遊んでいられるというのに、こいつらホント…マジで… 

…という理解を腹に抱えながら、企画屋との会話をし続けていた。

一通り全体の流れを説明し終えると、企画屋が「だったらさ、こうしてみたら?」と次元の違う素人アイデアをポロポロと投げ出し始めるフェーズに突入する。

このフェーズが一番しんどい。もう既に具体的にやることが見えていてて、それを着手しようとしているというのに、それの手を止められ挙句の果てには頓珍漢なアイデアを一個一個丁寧に非成立・無意味の説明をして差し上げなければならない…。お客様、そういうことを言う時には一言目に「FF外から失礼します」をつけてくれ。ミュートするから。

 

虚無なやり取りを延々と続け、何故か脳裏に"良い感じにチルってきたねぇ~"という単語が思い浮かび始めた頃。

それまでずっと黙っていたランボーが、スッと席を立って会議室を出ていった。

企画屋「トイレか?」

オペ子「んー多分、そうでしょうね」

それでも企画屋とのお話は止まらない。

 

しばらくするとランボーが無言で帰ってきた。

彼が出て行った際、内心では「もしかしてこの会議にキレて帰ってしまったか…?」と心配していたので、何事もなく帰ってきてちょっと安心した。

帰ってきたランボーの手には、金色の缶のようなものがあった。どうやらこれを取りに行っていたらしい。

皿「それ、何ですか?」

ふっふっふ…わざとらしい声を発しながらとゴンっと音を立てて金色の缶を机に置いたランボー

 

ランボー「これ、3年前にタイで買ったレッドブル

皿「そっすか…(あ、この人やっぱキレてる…)」

 

初めて見たタイのレッドブル。いつもの青の缶ではなくて、金色の缶なんだね。背丈も小さめ。

どうやら3年前に出張で行ったときに買ったものを大事に取っておいたらしい。とっておきのワイン的な感じなのだろう。

というか、それ、開けるタイミングが今なんですか…?大きな仕事をやり遂げた後や休み時間とかでもなく、この会議の最中の今この瞬間なんですか…?

さすがにこれには企画屋も話を止めて、こいつは一体何をやってるんだという不機嫌な視線をランボーの手元にぶつける。

そのまま缶を開けようとするランボー。ところでレッドブルって3年も保存できるのか…?まぁいい。

メリメリっと開封されていく3年前のタイ産レッドブル。そう、缶が普通のジュース缶ではなくて、フルーツ缶みたいなフタをめくりあげるタイプのものだった。一気に怪しい感じになってきた…

そしてその様子をまじまじと凝視していると気が付いてしまったある事実…

 

オペ子「ランボーさん、これ中国語っぽいですけど…」

ランボー「えっ」

 

タイで買ってきたと言っていたレッドブル、ラベルを見るとどう見ても中国語のような漢字の羅列ばかり。どうみてもこれは中国版レッドブルにしか見えない。

ランボー「本当だ!なんでこれ中国語なんだよ!タイで買ってきたはずだぞ!」

もう何もかもが怪しすぎる。3年前にタイで買ってきた中国版の金のレッドブル缶。何かこう小さなサイバーパンクを感じた。

そうやって皆でラベルを眺めていると、また気が付いてしまったある事実…

 

オペ子「私中国語読めませんけど、何かここに"18ヵ月"みたいなこと書いてますね」

オペ子「これって、賞味期限みたいなもんじゃないですか…?」

 

「あーホントだ」と言いながら、そのまま熱燗を飲むような手の形でクイっと飲みだすランボー。いやだから18ヵ月って言ってんじゃん。あんた今3年前って…

企画屋「どう、おいしい?」

ランボー「炭酸が無い…飲めなくはないな…」

ランボー、完飲である。

その飲みっぷりに圧巻され、飲み干した際にはなぜか「おぉー…」と感嘆してしまう皿、企画屋、オペ子の3人。オペ子に至っては小さく拍手をしていた。

ランボー、強い人だ。こういう人になりてぇ…(こういう人にはなりたくねぇ…)

 

その日の会議は3年前のタイで買った中国版レッドブルを以て終了。当初の予想通り会議によって得たものは何も無かった。笑顔にはなった。

解散間際にランボーが「あ、ごめん思い出した。行ったのはタイじゃなくてマレーシアだったわ」とか言ってたけど、もうそんなことはどうでもいい。

業務進捗だけで言えば、今回の会議は開催されるべきではなかったし今後も開催されないようにするべきなんだけど、業務を度外視したメンタル的な面ではめちゃくちゃ素敵な会だった。やっぱり人と会って話をすることはいいことだ。

 

そしてこの話、まるで後日談のように書いているけど、問題そのものは現時点でも未解決。現在進行形のお仕事というのが最大のポイント。

 

来週からも引き続き頑張ろう。