お皿洗い

田舎の町でエンジニア。趣味のお話をふわっと書きます。

ランボルギーニは電気水牛の夢を見るか

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「今、自動車業界は100年に1度の大変革期を迎えている」

 

…と言われるようになって、もう3~4年が経つ。この「100年に1度」キャンペーンはいつまで続くのだろう。

 

そういうゴシップでよく取り上げられるのが"Connected(コネクティッド化)"、"Autonomous(自動運転化)"、"Shared/Service(シェア/サービス化)"、"Electric(電動化)"の4つのキーワード。略してCASE。

まぁ、そこで語られるのはおおよそがビジネスモデルの話であって、車そのものについては大して言及されていないことがほとんどだったりするので、現場に近いエンジニアほどこの話題に個人的な趣向としての興味が薄くなりがちだと思う。(必要性が無いわけではない、あくまで興が乗らないというだけ。もちろん偏見です)

 

とは言え、技術面で発展していないことなんてなくて、むしろ驚異的な発展をしている訳で。

 

ランボルギーニ アヴェンタドール SVJというお車があります。

www.lamborghini.com

アヴェンタドール自体は2011年から生産されているモデルなんだけど、これの最終仕様として2018年に登場したハイグレードがSVJ。テーマはReal Emotion Shape The Future。エモい~。

そんな彼に、搭載されている空力デバイスがちょっと凄い。


Behind the secrets of the Aventador SVJ: ALA 2.0 Aerodynamic System

 

今回は、これについてあれこれと想いを馳せる記事です。(長いよ)

趣味のネタとして適当に書くので、事実と異なることを言っても許してね。エンタメです。

 

 

1. ダウンフォースがすごく効く話

男の子なら誰でもダウンフォースって言葉は知ってるでしょう。物心ついた時には既に知ってると思うんだけど、どこで覚えてきたんだろうね。

実際のところダウンフォースってどのくらい効果があるの?というと、FIA GTやJAF GT、LMP等の所謂「ハコのレーシングカー」と呼ばれる類のものであれば、車速域が250km/hあたりからのハードブレーキングでタイヤ1輪あたり200~300kgぐらいは出る。車体全体では1t超え。

※一般的な乗用車での相場はごめんなさいちょっとよくわからない。ただ、競技車とは大きく乖離している感じがする。

 

このダウンフォースがどれほど効くかをイメージする為に、少し計算。

 

いかなる車であっても最終的な出力はタイヤグリップ。加速も減速も旋回も、いかにタイヤが路面に食いつけるかが肝。

そしてタイヤグリップとは、加減速であれば単純に摩擦力、旋回であればコーナリングフォースで表現されるけど、いずれもタイヤを路面に押し付ける荷重におおよそ比例してグリップが増える。(コーナリングフォースについては厳密には比例ではないけど、割愛)

つまり、荷重があればあるほど良いと言える…っぽい。そうでもない面もあるけど、今回は一旦言い切る。

 

荷重として真っ先に挙がるのは車重でしょう。車体の質量。

例えばアヴェンタドールSVJであれば、車重はカタログ値(乾燥重量)で1,525kg…ドライバーと油脂、燃料を入れて1,600kgとする。

前後重量配分が43:57なので、フロントタイヤ1輪あたりの荷重はざっくり350kg。

これが何もしなくてもフロントタイヤに入力される荷重。

 

仮にこのSVJのダウンフォースがタイヤ1輪あたり200kgだとすると、ダウンフォースによってタイヤグリップは1.57倍になる、と言える。1.57倍良くブレーキが効いて、1.57倍良く曲がる。素敵。

 

慣性質量を増やすことなくタイヤ荷重を得られるダウンフォースの恩恵、実はめちゃくちゃ大きい。

「荷重が増えるほど偉いのであれば、車を重くすれば良い」論のカウンターは書くまでもないので割愛。

 

なのでレーシングカーはダウンフォースで曲がっていると言っても過言ではなくて、場合によってはダウンフォースをより多く得るための車体姿勢になるようサスペンションをセットしていたりするぐらいには重要。

(もっと知りたい人は、「レーキ角」と空力の関係について調べるとより深みが増すので是非)

 

 

2. ダウンフォースが足をひっぱる

じゃあ僕も速く走りたいので、ダウンフォースたくさん欲しいです!!と思うのは、男の子なら当然な訳で。

ただ、ダウンフォース付与にもデメリットはあって、端的に言えば路面への押さえつけによって直進に対する抵抗が出る。つまり、最高速が伸びなくなる。

※ただし、ダウンフォース = 空気抵抗(ドラッグ)  という訳ではない。

 

なので、ダウンフォース付与量については、最高速とコーナリンググリップの背反の中でバランスの取れた落としどころを見つけてあげることになる。

例えば、ストレート区間の多いサーキットでは最高速優先にしてダウンフォースを少なくして、テクニカルなコーナーが多いサーキットではその逆で…といった具合に。

 

ダウンフォース取得を目的としたリアスポイラー等の空力デバイスは、ダウンフォース量のセッティングの為に迎え角の調整ができる機構を有しているものが多い。少なくとも競技用は確実に有る。

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AMG GT3のリアスポイラー。迎え角調整用のボルト穴がたくさん設けてある。

まぁ、これも突き詰めるとサーキット毎のセッティングというより、サーキットの区間毎で使い分けたくなる。ストレートでダウンフォース切って、ブレーキングでダウンフォース全開に。アクティブにバシバシと動かしたい。

…ところが、多くのレースでは空力デバイスを電子制御やメカニカルなリンクによって走行中に動かすことを何故か禁止としている。F1でDRSが登場してからこの風潮が変わると期待してたけど、未だにFIA GT各レースやSUPER GTでその気配は無し…寂しい。

 

スワンネックと呼ばれる構造のリアスポイラーがある。

スポイラー(羽)を上面からステーで吊り下げる構造のスポイラーがそれ。上のAMG GT3もそう。

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スワンネックのリアスポイラーを持つプリウス(V8)

 

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スワンネックではないポルシェ911(ミライアカリ)

従来の構造ではスポイラー下面側にステーが付く為に、下面側エアフローが多少なり阻害されており、ベルヌーイの定理的にダウンフォースが刈り取りきれていなかった。

そこをスワンネックにすることで、スポイラー下面のエアフローを阻害せずに最大限のダウンフォースが得られる!…というのが、スワンネック採用の理由として良く耳にする話。

 

…本当か?

そもそもダウンフォースは上下限に調整代を持っている訳なのに、そこを詰めてダウンフォース量を増やすメリットがあるのか…?

 

…これについては、高速域でスポイラーが強ダウンフォースを受けている際のステーの“たわみ”と、たわみによるスポイラー迎え角度への影響について想像をするとめちゃくちゃ面白い。あくまで想像なので事実は知らないけど。

 

という具合に、ダウンフォースとは諸刃の剣でもあるので、うまく付き合っていかないといけないわけです。性能的にも、レギュレーション的にも。

 

 

3. レーシングカーより過激な市販車

理想では状況に応じてダウンフォースを可変させたいけど、レギュレーションで禁止されている故にその機能が搭載できない。

モータースポーツってそもそもは技術力の競争という本質のはずなのに、実態ではいかにレギュレーションの隙間を縫って上手いことができるか勝負みたいなところがあるのでちょっともどかしい。

ただ、それも結局はこの界隈では資金の多さが技術の強さに直結し、強いチームほどスポンサーが集まるというものなので、何もかもがアンリミテッドになると常勝チームが永遠に買い続ける陳腐なものになることを避ける為だったりするので、否定もしきれない。BoPもその一環。

 

ちなみに、2018年シーズンのF1各チームの予算推定だと、下位チームが140~180億ユーロの予算に対し、メルセデスフェラーリのトップチームは550億ユーロ。約3倍以上の差がある。

f1-gate.com

 

レギュレーションとは面白いもので、今度はチームの予算に対して上限を設ける という策まで出てくる。何様ですか?

このF1では、2021年シーズン以降、各チームの予算上限を200億ユーロ未満で設ける動きがあり、それに対しトップチームらが「もっと金を使わせろ!」と反抗している状況だそうで。もはやただの政治的論争。めっちゃ面白い。

www.as-web.jp

基本的にレースというのは、運営側は興行としての成功を目指し、エントラント側は自チームの勝利を目指しているので、運営側の提案するレギュレーションは往々にしてエントラント側にとって厄介なものが多い。

勝てるように必死にマシンを開発してるのに、上位チームと下位チームの差が開かないように縛るレギュレーションが続々と追加されていくという、エンジニアにとっては終わらない地獄のような環境。残業が減ることは無いでしょう。お疲れ様です。

 

そういった理由もあり、F1以外も含めて実はレーシングカーというのは数多くの制約の中でしか作ることのできない肩身の狭いもの。特に皮肉なもので、直接的な「速く走る為の新アイテム」は規制されがち。

 

それに比べ、市販車はそういった制約はない。(各国法規の範疇の中で)

上述のアクティブに作動する空力デバイスも許される。

ある意味市販車は、無差別級のカテゴリーでの競争をしているとも見ることができる。(まぁ、ランボルギーニを市販車と呼ぶことに抵抗が無ければ)

売店のブログでも、

However, it does have one huge advantage over a racecar. Racecars have to adhere to certain rules, but with the Aventador SVJ’s aerodynamics, all the rules get thrown out the window.

と、粋なお言葉で綴られていた。

www.lamborghinipalmbeach.com

 

 

4. Aerodaynamica Lamborghini Attiva

アヴェンタドールSVJと、その他にもウラカン ペルフォマンテに搭載されるランボのアクティブエアロシステムがALA(Aerodaynamica Lanborghini Attiva)。

冒頭にSVJの動画リンクを張っていたので、今度はウラカンの動画を張っておきます。

解説的にはウラカンの方が少しわかりやすいかも。


Huracán Performante: How the ALA (Lamborghini Active Aerodynamics) works

 

これまで既にアクティブエアロ呼ばれるものは存在していてて、それらの構造は大体がフロントにしろリアにしろ、スポイラーの受圧面積や迎え角を変化させるものだった。


Porsche 911 turbo 「アダプティブ エアロダイナミクス」 解説ムービー

今では安価な車でも、リアスポイラーが上下するぐらいの可変なら搭載しているものも多くなった。軽自動車(S660)も搭載してる。

 

なので、僕もアクティブエアロとはスポイラーをちょびちょび動かしてエアフローの進行角度を若干変化させることで、ダウンフォースの利きが少し変化させる程度のものと思ってた。

 

ALAはそんな固定概念を消し去った。

エアフローの進行角度どころか、エアフローの流路そのものが完全に別物に切り替わる。むしろスポイラーの迎え角なんぞは全く動かさない。

あと、リアスポイラーの中を通過させるという変態極まりないことまでやってのけた。

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ALA ONの時のエアフロー (ダウンフォースMIN)

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ALA OFFの時のエアフロー (ダウンフォースMAX)

リアスポイラー通過させるエアフローの狙いは、多分ボルテックスジェネレーターと同様なんだと思う。意図的に空気の渦を発生させ、乖離していくエアフローを整流し後腐れなくお別れをするテクニック。

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かっこよすぎるでしょ

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シビック TYPE-Rのボルテックスジェネレーター

あと、ALAはダウンフォースを引き算でコントロールする思想。

システムOFF状態でダウンフォースが最大になり、ONになって走行状態に応じた適切なダウンフォースの減少を起こす。リダクションです。

ラカン動画では、「ブレーキング時に最大で750%(!)のダウンフォース増加となる」と謡ってるけど、実態としては「フルスロットル時にダウンフォースが7.5分の1になる」ということになる。

(というか750%の変化代ってすげえな…)

 

これ、とても合理的な作りだと思う。

この思想なら、デフォルトではとにかくダウンフォースを発生させるように設計をすることになる。ボディ形状やシャシー含めて。

狙いが明確なので、細部にわたって狙いを突き詰めた設計ができるのだろうなと。

ALAがもし「ダウンフォース増加も減少もする」システムだったとすると、じゃあボディ形状はダウンフォースをどの程度発生させることを狙って設計するのか?といった、少し狙いが浮ついた設計になってしまう気がする。そうなると、細部まで設計思想を張り廻らせたものは作れなくて、どこかで中途半端なものが生じてしまいがち。やはりコンセプトというものは明確であるに越したことはない。

(※あたかも、空力ありきでランボルギーニの開発が進められているかのように語ってますが、それについては後述にて)

 

あと、ALAは左右独立でコントロールができる。コーナリング時に旋回内側のタイヤだけにダウンフォースを加え、旋回性能を上げるという使い方まで出来る。

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Aero Vectoring

ドイツ車が得意とするアクティブダンパーやアクティブスタビライザーでのダイナミクスコントロールがあるけど、あれは結局は車体姿勢のフラット化を図るもので、タイヤ荷重自体はどうしようもないところだった。

車体がロールしないからドライバーの感覚的には「旋回中にもフラットでしっかりと足が地面に着いている」と思いがちだけど、タイヤ接地荷重で見ればそんなことはなくて、むしろ車体をフラットにする為に外側の足で踏ん張ることになるので、余計に内側の荷重は抜けていたりする。

コーナーを速く走るには、サボりがちな内側のタイヤをいかに使えるかが勝負であって、ドライバーの乗り心地なんてどうでもいいのです。

(僕個人的にはスポーツ走行をしないので乗り心地を優先して欲しいですが)

 

その点、このALAのエアロベクタリングは見事にそれを解決した。

シンプルな話で、内側だけにダウンフォースかけるので旋回中もしっかりと4輪全てのタイヤが仕事をする。ついでに、サスペンション周りで小細工をしなくても車体ロールも抑えることが出来る。良い事しかない。

 

構造も思想も効果も、全てが想像以上のシステムだったALA。

画期的すぎる。最高か。

 

 

5. 電気水牛の夢

先日、某カンファレンスがあって、そこでランボルギーニの講演もあった。

カンファはシミュレーションツールのメーカーが主催のものなので、どの講演もシミュレーションに関連するものだけど、その中でもこのメーカーの話がとても印象深いものだった。

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車の設計の流れについて。

こればかりはメーカーによって違うだろうし、僕も人から聞いた話しか知らないので全てが想像の域を出ないけど、多分大体は

 (1) 商品コンセプト

 (2) デザインコンセプト

 (3) プラットフォーム,  パワーユニット

 (4) ボディ、シャシー (空力もここ?)

 (5) その他

の大きな流れなんじゃないかなと思う。開発の時期の流れではなく、開発要件の流れ。

 

ランボさん家はちょっと違ってて、曰く、

 (1) 商品コンセプト

 (2) 空力要件

 (3) デザインコンセプト / ボディデザイン

 (4) その他 (省略)

とのこと。空力の身分が庶民のそれとは違う。

そりゃ普通の車とは別格のものになるわけだ。

 

そして空力についての設計は、シミュレータを大いに活用しているとのこと。

 

彼らがシミュレータで得る演算結果は、「ある仮定した設計仕様で得られる計測結果」ではなく、「ある結果を得るために必要な設計仕様」とのこと。

そして、その「ある結果」というのは、「各サーキットでの最速ラップタイム」だそうで…

 

いや、まぁ…うん、わかる。言ってることはわかる。

何かもう神の領域じゃん…

 

シミュレータというのは、雑に言えばループする物理演算ソフト。

粒度で言えば、サスペンションのバネひとつひとつの伸び縮み程度の算出は当たり前で、1mmのフレームの歪みや1ccのブレーキフルードの動きまで算出するほどのものが現在の主流。

主流といっても、ほとんどは欧州の話。

(カンファも欧州OEMやタイヤメーカーの講演ばかりだった)

 

もともとシミュレータはモータースポーツでの用途が多くて、最近になってそれを市販車開発に転用するようになり、モータースポーツ以外の部分でも注目されるようになった。

なので元々モータースポーツが盛んな欧州勢はシミュレータ設備とノウハウを持ち合わせているから、他に対して圧倒的なリードをしているという背景がある。

モータースポーツで培った技術を市販車へフィードバックする」という謳い文句はこれまでいろんなところで散々聞いてきてて、どれもあまりピンとくるものが正直無かったんだけど、このシミュレータの転用というものがずばりモータースポーツ技術の市販車へのフィードバックというものではないだろうかと感じた。

 

シミュレータ開発はダイナミクスコントロール以外にも、自動運転関連のところでも大いに活用されている。らしい。詳しくは知らない。

物理的に欲しい結果(状況)を指定すれば、それを得るために必要な特性、構造を叩き出してくれるわけなので、何にでも転用できるインフラなのだと思う。

(演算の中身としては、車両の仕様パターンを自動で網羅的に設け、全パターンでの演算を回して結果を比較し、最も良かったパターンを結果として出力するものだったりする。それを人手を使わずに機械的に回せるということに莫大な価値がある)

 

そして欧州勢はもう10年以上前からもこういうことを取り組んでいる。

あと、向こうは自動車開発に関して行政や大学との連携が深くて、国全体で開発を推進する体制が出来上がっていたりする。

日本企業、彼らに勝てるのか…?というか同じ土俵に上がれるのか…?

 

ただ、まだ現状ではシミュレータ演算結果と実物での結果に乖離はあって、最後には人手によるチューニング的なプロセスは残っているらしい。これはどのメーカーも言っていた。

それも今後シミュレータの精度が上がっていけば、いつかはヒューマンレスの開発プロセスになるのかもしれない。

 今だってもう、人が手計算でやった結果より、電卓で出した結果を信じるでしょう?

それがもっと大きな規模で浸透するわけです。

 

エンジンが電動モーターになろうが、ドライバーがAIになろうが、おそらく車という物は形を変えながらも消滅はしないと思う。今後も“自動車産業”と呼ばれる界隈は存在し続けるのでしょう。

ただし、その産業に今の形態でのエンジニアという存在が含まれているかどうかは怪しい。

 

「今、自動車業界は100年に1度の大変革期を迎えている」

 

言い得て妙なのかもしれない。